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#15 野球場に隣接するバッティングセンター

#15 野球場に隣接するバッティングセンター

■はじめに ~総体に呼び出し~

さきの「恐怖体験ベスト3」の記事で私的な過去の事について思い出したので、「バッセン旅」とは関係ない、地元であまり共有されていない、別の私の恐怖体験の事件を書いておきたい。

名付けるならば「総体ワンパン事件」といった所だろうか。

この事件について私は当事者ではなく、野次馬根性で偶然目の当たりにした出来事であり、当事者らに真相を聞いてもいないので、他人にあまり口にしていない。

事件現場は、野球場が隣接した中央公園内の総合体育館の2Fにあったレストラン「P-クヒル」の前だ。

内容は、私の同級生の学年一のマドンナである「Aキちゃん」と当時付き合っていた4個上の先輩の「K井くん」が、私の1個上の先輩(Aキちゃんの元彼)である「K村先輩」を呼び出して、ボコったというものだ。

先輩に殴られる先輩を見れた貴重なあの映像は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

私は、当時溜まり場のひとつであったその総体前の「Fァミマ」で数人でおそらくうんこ座りをしていた。

誰と居たのか、誰が電話を受けたのか、K村先輩も一緒に居たのか、などは覚えていないが、たった今、K井くんがK村先輩を呼び出したという情報が入った。

■登場人物 ~K村先輩とK井くんとAキ姉~

これから当人の沽券に関わる事を書くので一旦おだてておく。

K村先輩とは、私が中三くらいでスネだした頃からの付き合いがある、不良仲間の間でも実力がメクれるまでの間は一目置かれるほどの1個上の世代では一番トっぽい亀田興毅に似たヤンキー顔をした、エリ足が長く、巻き舌が出がちで、キレると関西弁が出て、毎日のようにパトカーかツブシに追われたと”うそぶく”典型的なホラ吹き人間で、先輩方からは「俳優」と中傷されていた憧れの先輩である。

憧れと言うのはウソではない、小学生までは運動神経が良いとモテたりするが、思春期真っ只中の中高生時代はヤンキーがモテたりする。

かの「Aキちゃん」はお兄ちゃんが特攻服を持っているという話を聞いたことがあるので、ヤンキー寄りの素養を持っていたのかもしれない。

私が所属していた「Wくわく学園」は、前記事で書いた通り私の3個上から1個下までの各学年から数名で構成された「スポーツチーム」という名目で土曜の夜に強制的に集まる小ヤンキーグループである。

後に本当に不良になった者もいるし、このバッセン旅ブログでいう所の「柵」の意味とは違った本当の柵に囲まれた檻に入った者もいる。

私もK村先輩もこの「Wくわく学園」の一員で、「K井くん」は4個上なのでヤンキーのOBというような立ち位置で、正式なWくわくのメンバーでは無い。

「K井くん」とは溜まり場で顔を合わせたり、後に麻雀などをよくご一緒させて頂いたが、基本的に穏やかな笑顔の多いイケメンで、怒っているのはこの事件の時の一度しか見た事が無い。

いや、見ては無いが、別の暴力事件の話も聞いて知っているから、にこやかな見た目とは裏腹にバイオレンスな一面を持っているはずだ。

正式なメンバーとは名簿表などが無いので定義が難しいが、私は造園業、鳶職、防水業、クリーニング業、金融業、IT業と転々とこのメンバーらと一緒に仕事をした事がある。

一緒に働いた事が無いのは、のちにゲルマニウムのマルチ商法にハマった2個上の人だけで、その人が最後までメンバーに残っていたかというと議論が分かれるので、私が一緒に仕事をした事がある人が正式なWくわくのメンバーだと決めつけている。

「Aキちゃん」がマドンナであると本人にも言った事があるが、学年一のマドンナである根拠はここにある。

ガキの頃、Wくわくの全メンバーと仕事をしながら必ず話題に挙がったのは、どの学年だと誰が一番可愛いか?という話題である。

3個上は同じ時期に学校に在籍していないので知らないしエントリーされた人の名前も覚えていない、2個上ではバレー部の「Eノモトさん」に一番票が入っていた、1個上ではあのFァミマでバイトしていた「Sカイさん」の票が多かった、1個下では票が割れるが「Rっちゃん」「Tくちゃん」が抜けていた。

成人式くらいになれば皆アカ抜けてキレイになった子も居たであろう。

しかし、このランキングは中学生の当時、学年でトップクラスにアカ抜けていてその中でもトップに可愛い「ミス五中」を決めるものなので、高校デビューしていたとしても永遠にランクイン出来ない。

Wくわくのメンバー全員と仕事の合間など長い時間をかけて討議出来たのは事実上私くらいなので、このミスコンテストは私が審査委員長を務めて、私だけが最終得票数を知っている。

そして我が学年を代表してダントツのブッチぎりで票を得たのが「Aキちゃん」なのである。

3年間一緒に学校に通ったのでいっぱい可愛い子は居たのは知っているし、実際私も毎年クラス替えの度に好きな子は変わっていた。

でも、このミスコンにエントリーするには他学年にまで轟くほどの美貌を持っていて目立っていないとエントリー出来ない。

そんなミスコンの覇者「Aキちゃん」は、高嶺の花である学校のアイドルであり、学年一のマドンナであるにも関わらず、お高くとまることもなく、我々庶民にも分け隔てなく接してくれ、童貞にも優しい非常に出来た人であった。

この事柄と、先輩方の彼女であった事から、私は「Aキちゃん」を姉御的な存在と思っており「Aキ姉」と呼んでいる。

■伏線 ~養老でカチ合う~

さて、そんな「Aキ姉」の元カレであるK村先輩と今カレであるK井くんのバトルというか一方的なヤキには伏線があった。

呼び出しから遡る事、1~3か月前だったと思う。

私と同級生の「Dイキ」と1個上の「Oダワラ先輩」と「K村先輩」の4人でY野口駅前のY老の滝に行った時の事である。

偶然「K井くん」と同じく4個上の「Rョウくん」と「Aキ姉」らが会食している所に鉢合わせしてしまったのだ。

いわゆる「カチあった」という状況だ。

K村先輩は、3個上である先輩がいるのに、元カノが今カレと楽しく会食しているのに、Aキ姉とはもう別れたと聞いていたのに、ケンカ腰でAキ姉に向かって「こっち来い」と吠えていた。

関係ない元カレなんじゃないのか?と同席していた全員が思ったはずだ。

そこで飛び出たのが、Wくわく内で永遠に語り継がれている「Aキ、こりゃ~!」という名言だ。

これは情けない状況だと、私は当時1個上の先輩方を捲ろうと画策していて下剋上を果たす足掛かりに、このダッセェ場面のディティールをWくわく内に広めたので、この名ゼリフは誰もが知っている。

というか、この場面に居た誰しもが「何?何?何ギレ?どういう意味?」と思って会う人会う人に言い触らしたので、私が特に空気を入れたりしなくても次の週くらいまでにはWくわく内に広まったはずだ。

「Aキ、こりゃ~!(りゃ~の部分で巻き舌が入る)」と言われたAキ姉は「は?アンタ何なの?」という顔でガン無視していたと思う。

意味の分からないカラみを諦めたK村先輩は、お通しも食べず1杯の半分くらいしか飲んでないのに、1000円札を置いて、なにかのドラマで観るように踵を返して直管のZRで帰って行った。

当時「ZRが一番カッコいい」と吹き込まれていたので、やはり私はK村先輩の直管のZRが一番イケていて一番ヤンキーだと思っていた。

寂し気な背中と、強がった態度と、やたら五月蠅いバイクの後ろ姿には、第一話のエンディングロールとテーマソングが流れていたように思う。

■浜松旅行 ~童貞な私~

K村先輩が帰ってエンディングロールが流れたので、少し場面転換して、2年連続でWくわくメンバーで浜松に旅行に行った時の事を書く。

浜松旅行に触れるなら私の童貞感満載のエピソードに触れなければアンフェアである。

1年目の旅行時に、早くも学校を辞めていた私は、私の学年からは一人だけで参加している。

そこで、先輩がナンパしてきた女の前でカッコつけようとして普段なら絶対に言わない「先輩、ライター」というタメ語を発したという「先輩ライター発言」がでた。

Wくわく学園とは、先輩がなにがしか言ったのを聞こえないからといって「え?」と言っただけで「お前今タメ語使ったろ」とぶっとばされるようなバリバリ体育会系の縦社会だ。

女の前でカッコつけて先輩にタメ語を使っちゃうダサいヤツというレッテルとともに、特に仲の良かった「I村先輩・O谷先輩」には会うたびに、その後十数年もイジられ語り継がれた。

カッコつけ方が分からずにテンパってドギマギしちゃうのは、童貞感満載なんだからしょうがない。

ともに私の2個上のI村先輩とO谷先輩とは清掃業・防水業と別の仕事で一緒に働かせてもらい「じゃらん」だったら何ポイント貯まってるんだってくらい先輩宅に無料で何泊もさせてもらったので、プライベートでもかなりの時間遊んでもらっている。

なので、一緒に過ごしたそれだけの時間をイジられて「いや、違うんす、あれは聞こえなかっただけでライター、、はどこっすか?って言ってたんです」というコミュニケーションをおそらく何千回と繰り返している。

この件を何千回とこすり過ぎて、I村先輩に関しては数年で「先輩、ライター!(ライの部分で巻き舌が入る)」と私がやたらオラついていたように誇張して言うイジリになっていったが、私がそんなケンカ腰で言う訳がない、もっと謙虚に探り探りで童貞感MAXでボソっと言っただけだ。

「Aキ、こりゃ~!発言」もその後に同じくらい十数年もイジられたのは、やはり女の前でカッコつけて訳分からない事を勢いで言っちゃったというダサい言動という事が通底するからだろうか。

ただ違う事は、彼は絵空事の武勇伝を語らせたら何十時間としゃべり続けられるし、連れションが大好きだし、一緒に居る人数が多ければ多いほど盛り上がれるネアカなヤンキーで、私は基本的に人としゃべるのが面倒で、連れションが嫌いで、出来るだけ独りか二人、多くて三人までとしか遊びたくないネクラな小ヤンキーだという事だ。

だからK村先輩のそのネアカな部分に憧れていたのかもしれない。

だが、連れ立って遊ぶようになって2~3ヶ月で、やっぱりネクラな私には性に合わない事も分かった。

「Aキ、こりゃ~!発言」もWくわく内で何万回もイジられた名ゼリフなので、繰り返されるうちに「りゃ~」の部分の巻き舌が異様に長めに誇張されていったのもWくわく内では誰もが知っている事だ。

私は、「Aキ、こりゃ~!」の原型を聞いた数少ない一人で、貴重なあの映像は、その今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

■浜松旅行 ~金槌な俳優~

浜松だけの事件で言えば、お祭り気分のブラジリアンに金属バットで襲われそうになってガンダッシュで逃げる、というのに次いで先輩ライター発言が2番目に皆の記憶に残っている出来事だと思うが、2年目にK村先輩の役者魂に火がついていたのを私は見逃していない。

1年目も2年目も同じ「中田島砂丘」という所に行ったのだが、そこは遊泳禁止の場所である。

ガキの僕らにはそんな事分からないので関係なく泳ぎに行くのだが、毎年、離岸流で溺れかける人間が出る。

1年目には「Tノダ先輩」が、そして2年目に「K村先輩」が溺れかけている。

学習しない我々は、毎年無策で泳いで助けに行っていたが、半数が溺死しててもおかしくないくらい離岸流は強かった。

沖合い50mくらいからどんどん浜辺が遠ざかるスピードが早くなって行くのに気づいてK村先輩は「足がつった」と言っていたらしい。

沖合いから伝言ゲームで浜辺に居た私達に「K村先輩が溺れてる」と伝わってきた。

1年目に学習せずに真っ先に泳いで助けに行く者がほとんどで、私も後ろ平泳ぎでK村先輩のもとへ向かった。

近くまで行くと、普段はあまり助けたりしない同学年のOダワラ先輩が付き添っていて、小さいビーチボールにしがみつくK村先輩の姿があった。

K村先輩は「おめえら、来なくていいよ!」と吠えている。

溺れているのに体裁を取り繕ってまだイキがっている彼には、もう既に沖合いで俳優魂・役者魂に火がついていた。

もう浜辺からは2~300mくらい離れていたんでは無いだろうか、無事そうなのを確認したのとよく考えると自分も危うい状況なので、また後ろ平泳ぎで浜へと懸命に戻った。

離岸流はかなり強く、想像出来ないくらい時間がかかったが、途中でその存在を知っていて予習していたのか賢い後輩が「先輩!一旦横に泳いだ方がいいっす!」と言うのでそれに従ってなんとか浜辺に戻ってくる事ができた。

バカみたいに全員疲弊していたが、危機的状況はなんとかなったっぽいので、次は何で遊ぼうかとしていた。

そこへようやくOダワラ先輩に付き添われ、命からがら浜に戻ってきたK村先輩が居た。

助かったところで「何やってんすか?」「危ないって言われてたっしょ?」「溺れるとかダサすぎっしょ?」と集中砲火されるのを既に察していたのか、彼は2人に付き添われ、ゆっくりとゆっくりと歩いてきた。

彼は波打ち際の砂が濡れていない場所まで来たところで、まるであしたのジョーのラストシーンのように燃え尽きて、朽ち果てて、灰になるように、やけにスローモーションで倒れこんだ。

旅行前から、彼はけっこう口だけ人間で、場面場面に合わせて自分に有利なように”うそぶいて”生きているヤツだという空気があって、徐々にK村先輩の本性がメクれつつあった時期で、そんな時に「ヤンキーが溺れちゃ世話無いっしょ?」「もうあの人無いっしょ?」と思った者がほとんどだったはずで、私もそう思い、すぐにビーチサッカーを始めた。

私は、一瞬、彼がジョーのようにモノクロに見えた。

■事件当日 ~とりあえずワンパン~

よし、本筋に戻る。

かの「総体ワンパン事件」「総体呼び出し事件」だが、たった今、K井くんがK村先輩を呼び出したという情報が入った。

場所は歩いて行けるすぐそこの「総体」らしい。

<じゃ、とりあえず見に行く>の一択しか無い。

原付はFァミマに裏に停めっぱで、バイオレンスな予感に緊張しながらもわくわくして皆でわちゃわちゃしながら向かった。

他の諸先輩方が居たので、一番年下の私は特に何の役割も持たない。

なので野次馬根性丸出しなのだが、神妙な面持ちを作りつつ、笑顔を挟みながら向かった。

営業時間外で真っ暗な「P-クヒル」の前には既に「K井くん」と「Rョウくん」が居た、そして円柱の柱の影に「Aキ姉」も居た。

K井くんは元々寡黙な方で、その時には初めて見るようなしかめっ面で、他の先輩ともあまりしゃべっておらず、何の情報も聞こえて来なかったが、とにかくこれからK村先輩をボコる、という事は分かった。

「やっぱり~」と心の中でドキドキ・ウキウキしながら直管のZRを待った。

数km先でも聞こえるくらい五月蠅いこのバイクの音で、近づいてくるのも、今どのあたりなのかも大体分かった。

真っ暗闇だが数十メートル先に停めた事も分かった。

K井くんが向かって行くが、Rョウくん以外の私達野次馬はそれ以上近づく事はしなかった。

なので誰が何の話をしているのかは分からない。

が、とりあえずK井くんの拳がK村先輩の顔面に入ったのが見えた。

「はじまった」と私は心の中で思った。

この手のヤキは私も何度か経験がある。呼び出された時点で基本的にはアウトなのだ。

万が一だが、徹底的に逆らってナイフでも持って歯向かうか、あるいはちょうど良い頃合いで完全白旗を挙げて全面降伏するかだ。

もし前者パターンでトチ狂って凶器を使用したりした場合の為、あるいは後者パターンでヤキ入れられすぎて死んじゃったりしないように、私たちはスタンバっているが、彼の俳優魂からいっても彼の非力さからいっても100%後者である事も分かっていた。

私は何があったか具体的な詳細は知らないが、おそらく大義はK井くん側にあるのではないかと察していた。

というか、そもそもこのガキの頃の社会には先輩に呼び出された時点で大義もへったくれもない、どんな不細工な因縁だとしても上の人間にアヤをつけられたらお終いだ。

理不尽だと思おうが、訂正とお詫びが必要と感じたなら、何発か何十発か殴られてから「マジすいませんでした」と謝ってその場をおさめてもらうしかない。

そうして、まず1発が入った次の瞬間に、私は心の中で笑ってしまった。

K村先輩はたった1発で済ましてもらおうと思ったのか、あの日浜松で観た時と同じくらいスローモーションでひざから倒れこんだのだ。

「いやいや、ワンパンじゃまだ早い早い」と思わず口に出して突っ込みたくなるくらい可笑しかった。

 

彼は毎日のようにパトカーかツブシに追われたり、高校で先輩をぶっとばしたり、他元で多人数にカラまれた後、威嚇して退散させたりと、誰も確認できない武勇伝を毎日うそぶいていたが、実際にK村先輩が人を殴っている姿は一度も見たことが無い。

思い返せば、彼が高校2~3年の時に、中学1~2年生の女の子がスーパーの前に座ってるのを見かけて「お前らイキがってんならレディースやれよ」とあんたケツ持ちでもするんすか?と誰もが疑問に思う事を言ったり、家で壁をドンッと殴りつけて弟を呼び出してパンを投げつけて「レンジで温めてこい」と乱暴に指示したりと、やってる事はしょうもなく徹底して下の人間に強気に出るという内弁慶スタイルで、地元以外の他元などで噂を聞くことも無い大海で通用しない典型的な井の中の蛙だった。

余談だが、そんな弟はまるでジャニーズのトップアイドルのような名前で、後に兄が口走ったような武勇伝どころでは済まないほどの不良街道を突き進み、兄弟関係は知らないが数年で兄を捲っていた気がする。

少なくとも私は弟の方の恐いエピソードを幾つも地元でも他元でも聞いているので、ヤンキーのものさしで言う所の「貫目」では弟の方が圧倒的に上だと思っているし、私にとっては弟はかなり恐い。

 

K村先輩はワンパンで崩れ去ったあと、案の定、すぐに髪の毛を掴まれ立ち上がらされて、その後に十数発殴られた。

その間、十数回のボコッボコッという鈍い音が、P-クヒル前の打ちっぱなしのコンクリートの壁と屋根に響くのを聞いていた。

K村先輩の演技が功を奏したのか、最終回のエンディングロールが比較的早めに流れ出したので、その場を離れた後の私たちの大爆笑で繋いだ。

最終回のスタッフロールは長いので、私が録画した記憶では、野次馬の私達の笑顔ばかりが映っている。

■後日談 ~偶然ばったり~

彼は名俳優である。

暗闇だったからそう見えたのかもしれないが、私は、一瞬、彼がジョーのようにモノクロに見えた。

彼はたぶんドラマの見過ぎだったし、ヤンキー漫画・アニメの見過ぎだった。

自分を主役かヒーローに投影してばっかりいる偏狭な生き方をしていた。

「アイツは俳優だからな」と中傷されても仕方が無い。

そういえば、数年ぶりに彼に偶然「ニコニコ超会議」の喫煙所で出会った。

勤め先の会社が出展していると言っていたが、その場で別れて、その後にブースを確かめる事まではしなかった。

Sまくんと遊んでいてそれどころでは無かったし、「もしアレが嘘で個人的にカメラ小僧として来てたら怖くないっすか?(爆)」「ですね、だったらマジでヤバいんで確認するのはやめときましょう(爆)」という認識もあったので、ドローンとVRのお試し体験コーナーへ向かった。

彼は、当時のような勢いは無かったが、ヤン顔とタバコの煙を口をすぼめて上に吐く仕草と言葉のはしばしの巻き舌は健在だった。

■真相 ~ゴシップラストチャンス~

あの時のK井くんの呼び出しの原因が何だったのかを、その後にK井くんやRョウくんと麻雀する機会が何度もあったが何も聞いていない。

当然、K村先輩本人にも何も聞いていない。

おそらくY老の滝での先輩を無視するようなナメた態度や、別れてもしつこく連絡してきたとか、そういう事なんだろうとは思っている。

十数回やった「Rョウくんと麻雀」が一番チャンスあったのだが、昔話をする事はあまり無く、結局、真相には近づけていない。

そこで今回のY-スケの呼び出しがラストチャンスだと考える。

それ以降は、もう、誰かのお通夜・葬式でしか皆には会わない気がするんだ。

HリかMエタかYスキの式も呼んでもらえる可能性があるか?てかI村先輩はしてないんでしょうか?

当事者である「Aキ姉」に軽井沢で直撃して真相に迫りたいと思う。

野次馬根性丸出しのゴシップ好きな私のために応えてほしい。

私がゴシップ兄さんと称するO谷先輩と、会えば繰り広げるゴシップ披露会のネタにさせてほしい。

もう思春期の頃の事なんて時効ですよね?

私は時効だと思います。

だって、もし、万が一、私の先輩で浜松での「先輩ライター発言」を知っている人がこれを見てたら、私は今の歳ならタメ語でこう言える。

「先輩、(私は)ゴシップライター」

 


■本題 野球場に隣接するバッティングセンター一覧

ここから本題の野球場に隣接するバッティングセンターを列挙する。
今はもう実施されてないものや、時間限定で開催されるバッセンもあるので、野球場好きな方はチェックされたい。

 

 

 

 

 

 

※過去 はるか夢球場
「はるか夢球場バッティングセンター」
(平成29年に2日限定で行われたイベント)
http://www.city.hirosaki.aomori.jp/oshirase/jouhou/2017-1027-1302-28.html

 

※廃止 旧QVCマリンフィールド(現ZOZOマリンスタジアム)
「マリスタ・バッティングセンター」

■終わりに ~隣接と同名とあとがき~

ちなみに、阪神甲子園球場には隣接するバッティングセンターは無い。

だが、近くの2~3駅くらい離れた同じく西宮市に「甲子園バッティングセンター」という所がある。

そして遠くの愛知県津島市と山口県宇部市に同じ名前の「甲子園バッティングセンター」という所がある。

さらに山形県には「米沢こうしえん」と「山形こうしえん」という二つのバッティングセンターがある。

似たものでは山口県と宮崎県に同じ名前の「後楽園バッティングセンター」という所がある。

そして新潟県に「三条バッティングセンター後楽園」という所もある。

さらに富山県に「ビッグエッグ」というバッティングセンターもある。

野球場に隣接するバッセンにかこつけて、過去の事を振り返ってみたが、なんだかんだ実世界は面白い。

「事実は小説よりも奇なり」というがまさしくそうだと思う。

「真相はゴシップ記事よりも奇なり」であってほしい。

頼みますよ「Aキ、こりゃ~!」